メッセージをいただきました。
素人だったころから
今に至るまで実践してきた事を具体的に見てみたいです
(読者さんより)
ノウハウに直結しない話は
あんまり興味持たれないかな、
そう思って普段あんまり
自分の話はしてきませんでした。
っが、今日は久しぶりに
しようと思います。
ご興味がなければスルーしてくださいね。
素人だったころ…
そうですね、
大阪の産直店で働いていた
30歳のころは、ほんと
ずぶの素人でした。
学生時代にコンビニのアルバイトを
したことがありましたが、
その後、新卒で入った
呉服メーカーの営業職を2年で退職。
ニュージーランドに1年間住んで、
帰国して語学を使う
職場で働きました。
しかしそこも半年でケツを割って。
その後就いた職場が大阪の産直店でした。
当時は、何をやっても仕事を
継続できず、
今までと全く違う職の選び方を
した方がいいのでは?
今までは、給料や休日など
条件面を重視して選んでて 失敗の繰り返し。
だったら一度、
「自分がやってみたい」
「興味を持った仕事に就いてみたら?」
そう思ったのがキッカケでした。
ニュージーランドに住んだ影響か?
事務所にこもりっきりの
仕事じゃなくて自然の下で 働きたい。
そう思って農業に憧れて、
大阪じゅうの職安に通った時期もありました。
結局働くことになった
大阪の産直店は、
「生産者と直にやり取りができる」
そんな話も募集要項に書いてあり
自分がやりたかった農業と
リンクするんじゃないか?
そんな思いもあって就きました。
これが今思うと自分にとって
大きな1つの決断でした。
休日は、忙しいときは
月に2日とか、
地域ビジネスの研究に来られていた
大学の先生から
「よくこんな給料で働けますね」
「その理由は何ですか?」
真顔で質問されたこともありました。
決して条件や環境的には
恵まれているとは言えない
職場でしたが、
なぜか、働く誇りを感じていました。
同級生と会っても
みんな暗そうにしている。
「仕事おもしろくないんだろうな」
よく思ってました。
給料も安いし、
休みも少ないし、
だけど何か仕事を楽しんでました。
その要因はおそらく
「自分の好きなように仕事を
させてもらえた」
そこが大きかった気がします。
社員2人の小さなお店でした。
上司は取締役が数名。
でも普段は皆さん
現場にいませんでした。
顔を合わすのは月に1度の
営業会議のときだけ。
だから数字さえ残しておけば
結構好きなように仕事を
させてもらっていた。
だから、自分にとっては
居心地が良かったし、
やりがいも感じていたんだと思います。
正社員2名、売り場面積30坪の
小さなお店でしたが、
おかげ様で年商1億3千万円
上げることができていました。
そんな20代から30代にかけての
私の思いでのお店ですが
建て替え工事が始まりました。
お店があった土地にマンションを
立てるとのことでお店を一旦
移転しなければいけない
そんな事態になりました。(つづく…)